ヒップホップが「動」のリアルだとすれば、チャールズ・バーネットの映画は「静」のリアルだ。ヒップホップが言葉や態度でリアルを押し出す一方で、バーネットは映像そのものを通して、リアルを感じさせてくれる。どちらが欠けていても、ブラック・アメリカの実像を知ることはできない。バーネットの作品は、ブラック・コミュニティの愛や美しさ、そして逞しさとともに、人生のままならなさや、やるせなさを教えてくれる。人生とは、いかに物悲しく、そして可笑しいものであるかを。(なお、モス・デフ/現ヤシーン・ベイは、『The Ecstatic』(2009年)のジャケットに『キラー・オブ・シープ』の1シーンを使用している。)
ハリウッドとは一線を画して独自の黒人映画を創り続けたチャールズ・バーネットの作品は、ギャング映画でも社会派告発映画でもなく自らのフッドのありのままを絶妙の侘び寂びで描いている。
映画『ジュース』(1992) にトゥパック扮する主人公が建物の屋上から屋上へと飛び移る瞬間を仰角で捉えたショットがある。あれは『キラー・オブ・シープ』における同様のショットの引用か否か……この映画でチャールズ・バーネット監督が捉え、素直に受け入れているのは主人公スタンの「男らしさの無力化」であり、全体に不思議と風通しが良い。「害しかない過剰な男らしさへの執着」を拗らす一方の『ジュース』なら憧れてもおかしくない。
『キラー・オブ・シープ』で描かれる子どもの遊びのシーンに自分の子供時代を見ていた。その裏には、スティービー・ワンダーの名曲「Village Ghetto Land」の世界観があるのだろうか。地元サウス・セントラルで、プロの俳優ではない人たちも起用しながら撮影されたバーネット監督の2つの作品は、背景に映り込む街と人々を通じて、そこにある脚色しない日常を垣間見せてくれる。なかでも『マイ・ブラザーズ・ウエディング』は、日々のほんの小さな会話やちょっとしたボタンの掛け違いを通じて、黒人男性として生きることがいかに難しいかを伝えてくれるいっぽうで、彼の人々の真面目さや楽しみ、苦悩は自分も十分共感できるものだということに気づかせてくれる。
バーネット作品の魅力は何よりリアルであることだ。ワッツ暴動 (1965) で知られるロサンゼルスのワッツ地区を含む南ロサンゼルスを舞台に、 ブラック・コミュニティの人々の日常生活が、詩的に、劇的に、描かれる。『キラー・オブ・シープ』はいわば貧しき人々の苦悩のブルースだ。職があれば奴隷のように働かされ、なければ刑務所に近づく。しかも、『マイ・ブラザーズ・ウェディング』はブラック・ブルジョワジーの生活と価値観との対比を背景に、労働者階級の主人公の葛藤を通じて、当時の揺れ動く社会状況を浮かび上がらせる。ブラックとして生きることをこれほどにもブルージーに表現した作品を私はいまだに知らない。
長年アメリカのブラック・ミュージックを好んで聞いても、その音楽が生まれた背景を直接知ることはなかなかできませんが、チャールズ・バーネットの映画はまさに当時の黒人社会をそのまま描いています。『マイ・ブラザーズ・ウェディング』を見ているとスティーヴィ・ワンダーの「リヴィング・フォー・ザ・シティ」の歌詞が聞こえてくるほどです。
あらゆるレッテルや定義を拒む、いわくいいがたい現実のみがもつ魅力に充ち満ちた作品 *『キラー・オブ・シープ』について/本作パンフレット収録「逃れ去る孤独な感情―なぜ『キラー・オブ・シープ』は唯一無二の傑作となったのか」より抜粋
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* 敬称略・五十音順
ヒップホップが「動」のリアルだとすれば、チャールズ・バーネットの映画は「静」のリアルだ。ヒップホップが言葉や態度でリアルを押し出す一方で、バーネットは映像そのものを通して、リアルを感じさせてくれる。どちらが欠けていても、ブラック・アメリカの実像を知ることはできない。バーネットの作品は、ブラック・コミュニティの愛や美しさ、そして逞しさとともに、人生のままならなさや、やるせなさを教えてくれる。人生とは、いかに物悲しく、そして可笑しいものであるかを。(なお、モス・デフ/現ヤシーン・ベイは、『The Ecstatic』(2009年)のジャケットに『キラー・オブ・シープ』の1シーンを使用している。)
―― 押野素子|翻訳家
ハリウッドとは一線を画して独自の黒人映画を創り続けたチャールズ・バーネットの作品は、ギャング映画でも社会派告発映画でもなく自らのフッドのありのままを絶妙の侘び寂びで描いている。
―― 空族〈富田克也、相澤虎之助〉
映画『ジュース』(1992) にトゥパック扮する主人公が建物の屋上から屋上へと飛び移る瞬間を仰角で捉えたショットがある。あれは『キラー・オブ・シープ』における同様のショットの引用か否か……この映画でチャールズ・バーネット監督が捉え、素直に受け入れているのは主人公スタンの「男らしさの無力化」であり、全体に不思議と風通しが良い。「害しかない過剰な男らしさへの執着」を拗らす一方の『ジュース』なら憧れてもおかしくない。
―― 小林雅明|ラップ批評
『キラー・オブ・シープ』で描かれる子どもの遊びのシーンに自分の子供時代を見ていた。その裏には、スティービー・ワンダーの名曲「Village Ghetto Land」の世界観があるのだろうか。地元サウス・セントラルで、プロの俳優ではない人たちも起用しながら撮影されたバーネット監督の2つの作品は、背景に映り込む街と人々を通じて、そこにある脚色しない日常を垣間見せてくれる。なかでも『マイ・ブラザーズ・ウエディング』は、日々のほんの小さな会話やちょっとしたボタンの掛け違いを通じて、黒人男性として生きることがいかに難しいかを伝えてくれるいっぽうで、彼の人々の真面目さや楽しみ、苦悩は自分も十分共感できるものだということに気づかせてくれる。
―― 長島有里枝|写真家
バーネット作品の魅力は何よりリアルであることだ。ワッツ暴動 (1965) で知られるロサンゼルスのワッツ地区を含む南ロサンゼルスを舞台に、 ブラック・コミュニティの人々の日常生活が、詩的に、劇的に、描かれる。『キラー・オブ・シープ』はいわば貧しき人々の苦悩のブルースだ。職があれば奴隷のように働かされ、なければ刑務所に近づく。しかも、『マイ・ブラザーズ・ウェディング』はブラック・ブルジョワジーの生活と価値観との対比を背景に、労働者階級の主人公の葛藤を通じて、当時の揺れ動く社会状況を浮かび上がらせる。ブラックとして生きることをこれほどにもブルージーに表現した作品を私はいまだに知らない。
―― 中村隆之|早稲田大学教授、『ブラック・カルチャー』著者
長年アメリカのブラック・ミュージックを好んで聞いても、その音楽が生まれた背景を直接知ることはなかなかできませんが、チャールズ・バーネットの映画はまさに当時の黒人社会をそのまま描いています。『マイ・ブラザーズ・ウェディング』を見ているとスティーヴィ・ワンダーの「リヴィング・フォー・ザ・シティ」の歌詞が聞こえてくるほどです。
―― ピーター・バラカン|ブロードキャスター
あらゆるレッテルや定義を拒む、いわくいいがたい現実のみがもつ魅力に充ち満ちた作品
*『キラー・オブ・シープ』について/本作パンフレット収録「逃れ去る孤独な感情―なぜ『キラー・オブ・シープ』は唯一無二の傑作となったのか」より抜粋
―― 三浦哲哉|映画研究者